
仲田:
(司会)
立志舎高等学校が設立されて13年になります。中学既卒者だけでなく、高校中退者も積極的に受け容れてきました。それではまず立志舎の名付け親である宮地先生から一言お願いします。
宮地:
早いもので、もう13年ですね。立志舎の理事長から高校設立のお話を伺ったとき、「若者が夢を持てるとかロマンが育つような学校をつくりたい」という志に共感したのを覚えています。早稲田は大隈重信、慶應義塾は福沢諭吉がすぐ頭に浮かびますが、立志舎高等学校は板垣退助の立志社にちなんで名前をつけました。近代日本をつくり上げるうえで大きな役割を果たし、デモクラシーの推進に大きく貢献した板垣退助。その人物が設立した立志社にちなみ、学校ですので学舎(まなびや)の「舎」としました。
志を立てることは混迷をきわめる現代にこそ大切なことであり、志を持って生きていくことがこれからの日本にとって大事になると思って設立に参画しました。
角田:
仕事がらいろいろな学校を見てきましたが、私にとっても立志舎高等学校は画期的な存在といえます。今でこそチャレンジスクールも出てきましたが、あの当時から専門学校の教育ノウハウを活かしてまったく新しい教育スタイルの高等学校をつくったことは素晴らしいことだと思います。若年層のコミュニケーション能力の低下が問題になっていますが、立志舎高等学校は、その当時から時代を先駆けてやっているのは高く評価できることだと思います。
山口:
最近では、多方面にわたる学校関係の先生方が多く見学にいらっしゃいます。
宮地:
しかし、形だけ模倣しても、そう簡単に教育の成果は上がりません。立志舎高等学校の場合、教師をはじめ教育に携わる人材が充実しています。これは立志舎高等学校の宝物であり、何物にも代え難いものだと思います。



仲田:
では、この13年間の成果としてはどんなことがあげられますか。
山口:
私たちは開校以来、生徒の自主性を育むためにいろいろな試みを行ってきました。本校の授業形態である「ゼミ学習」を例にとっても、一朝一夕に出来上がったものではありません。過去の経験から、私たちは小学校から大学まで受けてきた「講義」形式での授業が当たり前のように感じています。授業イコール講義という先入観です。かつて私も母体の専門学校で授業を行っていましたが、クラス運営で悩んだことがありました。他のクラスを見に行くと、そこは「ゼミ学習」形式で楽しそうに授業を進めていました。一人ひとりの学生が自発的に勉強に取り組んでおり、成績も良いのです。私のクラスはというと、一生懸命に講義をしても、全く成績に出てこない。そんな時に、ゼミ学習で成果を上げている先生に「講義ばかりに気を取られてはいませんか」と指摘を受けたのです。今思うと、自分の講義ばかりに気を取られて、肝心の学ぶ側のことを考えていなかったんですね。
自分たちの工夫から生まれたこの「ゼミ学習」ですが、専門学校の方では、司法試験をはじめ難関試験の合格者を多数輩出しています。そうした経験と成果を持った先生方が本校の開校時から参加してくれたおかげで、徐々にその成果が出てきています。広く世間に、本校の自分で学ぶ力、自分で決断する力を養うことを重視するやり方が認められ出した、という思いを強くしています。
仲田:
キャリアガイダンスのほうで習熟度別とゼミ学習というかたちで取り上げていただきましたが、角田さんいかがですか。
角田:
ゼミ学習を拝見させていただいて、学力をつけるだけでなく、社会で生きる力をつけるスタイルの授業だと感じました。講義形式はどうしても生徒が受け身になるのに対し、ゼミ学習は当事者意識を持って勉強できます。授業を楽しむという雰囲気が感じられ、活気のあるコミュニケーションが交わされています。在校生のみなさんに話を伺うと、何より素晴らしいのは自分の言葉で自分の思ったことを堂々と話せる。借りてきた言葉や考えではなく話ができるのは、これからの社会が求める自律的な人材の姿そのものだと感じました。


角田:
もうひとつ感じたのは、先生方が素晴らしいことです。まず授業の最初にポイントを明確に話す。これが一般の学校ではまずなされていない。授業の目的を明確にし、その中身は実生活でどう役立つのか、授業の目的や学ぶ意味を最初に理解させ、後は生徒だけに進行を任せず、ファシリテーターとしてきめ細かくフォローしている。教えるばかりの先生が多いという話が先ほども出ましたが、それはある意味簡単で、大事なファシリテーターの役割を立志舎高等学校の先生方は果たしているのを感じます。
仲田:
どうも教師はしゃべるのが好きで、自分で講義する気持ち好さに酔ってしまう傾向があります。生徒も聞いて、わかったような錯覚をしてしまう。それは双方にとって自己満足の世界に過ぎない。ゼミ学習の神髄は自ら考え、学ぶことを楽しむところにあると思います。
宮地:
「啄(そったく)」という言葉があります。雛の孵化する時期がくると、雛は内側から卵の殻をつつき、親鳥は外からこれをつつくように、禅において師家と修行者の呼応がぴたりと合うことを啄というわけです。ひとつの生命がうまれるためには、この渾然一体となった協力が大切です。教育においても、教師と生徒の呼吸がピッタリ合って、真理が伝えられていく。これが教育の基本だと思います。

仲田:
立志舎高等学校の入学試験には学科試験がなく作文と面接だけですが、入学希望者には何を求めていますか。
山口:
受験生のみなさんに求めていきたいのは、今までの成績ではなく、これからの可能性を重視します、ということです。私たちのプライドにかけても、わからない生徒には一から教えて、学ぶことの楽しさ、素晴らしさを感じて欲しいのです。学んだことがきちんと整理され、蓄積されていくような姿勢を作ってやると、自然と伸びていくものなのです。ゼミ学習も、相手との対話の中で自分の疑問点に解答を見つけ出していく。社会に出ると、人間は一人でできる仕事はないわけですから、人とのやりとりの中でこそ自分の力を磨き、精神も育てることができるのだと考えています。
仲田:
角田さんは仕事がらいろいろな学校をご覧になっていると思いますが、立志舎高等学校を見て、どんな印象をお持ちになりましたか。
角田:
まず自由な雰囲気を感じます。そしてその中にも生徒一人ひとりの責任感がしっかりしているなという印象です。自分で考えることが定着しており、社会ルールとは何かを生徒が理解し、それが浸透している学校です。授業も楽しそうですし、学校行事への生徒の積極的な参加が何よりも活気を表していると思います。
山口:
先生方には常に、「生徒の立場に立ってください」と話しています。何かの折に楽しいことがあっても、先生も生徒と同じ表情で喜んでいますね。


仲田:
立志舎高等学校の先生は本当にイベント好きですね。生徒と一緒になってやっていくことが好きな人が多い。授業ではできなかったコミュニケーション力やリーダーシップを行事の中で養うことも多いですね。
角田:
しかし、残念ながら一般の学校では、これほど意味のある学校行事を減らしていこうという傾向がありますね。
仲田:
立志舎高等学校の先生は生徒が本当に好きですね。私の経験からも、生徒から教えられることは非常に多いです。
宮地:
学校は本来生徒が主役なのです。これまで先生が生徒を一方的に教えるという考えに囚われていた。しかし、立志舎高等学校は学校を先生と生徒が一緒になってつくり上げていこうという姿勢があります。
仲田:
イベントのときに思いがけなく生徒の個性や創造性が発揮されて、驚くことがよくありますね。
山口:
授業中は目立たなかった生徒が学校行事になるとリーダーシップを発揮するケースもあります。
仲田:
それを周りが認めて「すごい」と評価し、それがまた当人の自信になる。
角田:
一人ひとりが、それぞれの場面で成功体験を積んでいるということですね。
仲田:
それでは最後に、今後の立志舎高等学校に期待することをお願いいたします。
宮地:
国家百年の大計として、国を治める教育が最も重要です。しかし、現在の教育もさまざまな問題を抱え、改革を行わなくてはいけない。要はそれを誰がやるのかということです。立志舎高等学校は、ささやかではありますが、それを実践している。いくつかの小さな種が播かれて、それがやがて日本を変えていく。志を持って、面を上げて、まっしぐらに進んで欲しいと思います。
角田:
学力だけでなく、学ぶ意欲を確実に向上させているのが立志舎高等学校です。この教育の成果をもっともっと社会に広めていって欲しいと思います。
仲田:
本日はどうも有り難うございました。
学校生活では、勉強だけでなく、部活やスポーツを楽しむことも大切。立志舎高等学校は新設校でありながら、スポーツの面でも伝統校に伍して立派な成績を収めています。これからも文武両道をめざして頑張ってください。
立志舎高等学校は学力の向上とともに人間性を育てることに大きな成果をあげています。混迷の度を深める現代の教育界に、ゼミ学習で培ってきた経験と成功事例をもっと伝えていって欲しいと思います。
楽しく学んで学力がつき、友達もたくさんできるゼミ学習が立志舎高校でも定着しました。自由でフレンドリーな校風を守り、思いやりや、やさしさを持った、また自律の精神を持った人材が育ってくれたらと思います。
立志舎グループの専門学校で開発したゼミ学習が、立志舎高等学校という土壌の上に花開いた感があります。これからの社会が必要とする有為の人材を育成するためにも、一緒に頑張っていきましょう。






















