立志舎の由来

私立の新設高校として、東京では11年ぶりに誕生。時代を先取りした新しいスタイルの学校。

板垣退助像
校名の由来の立志社をつくった自由民権運動の創始者 板垣退助像。「板垣死すとも自由は死せず」という言葉は有名。

明治6年(1873年)板垣退助、後藤象二郎、副島種臣、江藤新平らの参議は、国の力を高めるためには公議世論制度の確立が急務であるとして、同志8名の名のもとに翌7年1月17日政府に対し「民選議員設立建白書」を提出し、これが「自由民権運動」の始まりとなりました。建言をおこなった板垣らは、それぞれの地方において政治結社を作り運動を進めるため帰郷します。3月高知に帰った板垣は、片岡健吉、林有造らの協力を得て、4月に至って「立志社」を創立し運動に乗り出しました。立志社の「創立趣意書」では、「人民はすべて平等」であり「天から与えられた誰にも奪うことができない権利」を持っていること、そしてこの権利を伸ばし確かなものとしていくためには「民会が必要である」こと、更にこの民会が十分な効果を発揮するためには「人民の自修、自治の努力」が必要であることなどが述べられています。
立志舎高等学校は土佐の板垣退助をはじめとする人達が志を達することを期して設立した立志社にちなんで、高知県出身の元文部事務次官宮地貫一先生に相談して名づけました。学校ですので学びやの舎としました。

学校法人 立志舎
学園長・理事長
小西 信哉

感激ある高校生活を

感激ある高校生活を送ってもらいたいと理想に燃えて創立した学校です。情熱ある最高の教師陣と、向学心に燃える元気な生徒、そしてユニークなゼミ学習は教育界に一石を投じられると確信しています。

立志社跡地
立志社跡の碑と高知県詞の語源となった「自由は土佐の山間より出づ」の石碑

東京では11年ぶりに設立された学校です

私立の新設高校として、東京では11年ぶりに誕生した立志舎高校。久し振りの新設校という話題以上に注目を集めたのが、その設立理念と教育スタイルです。自由な校風のもと、「ゼミ学習」で、生徒の個性を最大限に尊重し、自ら学び、生きる力を身につける。こうした教育の理想に取り組む姿勢に、大きな期待と共感が寄せられました。この学びの取り組みは着実に成果を収め、大学・専門学校への高い進学率を実現するなど、世の中の期待に応えています。

創立記念式典・パーティーの様子
創立記念式典・パーティーの様子
創立記念式典・パーティーの様子
創立記念式典・パーティーの様子
創立記念式典・パーティーの様子
創立記念式典・パーティーの様子
創立記念式典・パーティーの様子
創立記念式典・パーティーの様子
創立記念式典・パーティーの様子